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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2598号 判決

控訴人 東京西南信用組合

理由

一  控訴人が中小企業等協同組合法に基づく信用協同組合であつて、同法九条の八第一項所定の事業のほか、同条第二項所定の事業をあわせ行なうものであることは当事者間に争いがない。

二  被控訴人、控訴人間における預金契約の成否

控訴人が昭和四一年三月二六日被控訴人名義で一、〇〇〇万円の普通預金の預入をうけたことは当事者間に争いがなく、右預金について利息は預け入れの日から払い戻しの前日まで日歩七厘、返還請求次第直ちに払い戻す約定であることは控訴人らの明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。被控訴人は右預金の預金者は被控訴人であると主張し、控訴人および控訴人補助参加人(以下、補助参加人という)は右預金契約をした真実の預金者は笠原汪幸の父笠原某であつて、本件預金は、笠原汪幸がその父の代理人としてなしたものであると争うので、この点について判断する。先ず、本件預金契約が締結されるにいたつた経緯につき検討するのに、《証拠》によれば、塩谷守三および笠原汪幸は、共謀のうえ、昭和四一年二月下旬、当時控訴人組合の預金の受けいれ、払い戻しの業務を担当していた預金課長である補助参加人を仲間にひきいれ、控訴人組合振り出しの手形・小切手を偽造し、これを真実の手形・小切手であるもののように装い行使して割引料名義で他から金員を騙取しようと企て、補助参加人に対し、笠原が北海道で海産物問屋を経営し相当の資産を有する笠原某の息子であると欺いて補助参加人にその旨誤信させたうえ、「笠原は父に信用されていないので父から金を引き出すことができないが、控訴人組合振り出しの手形または小切手を父に示せば信用して金を出してくれるから協力してほしい、父から出た金は控訴人組合に預金する」と申し出た。補助参加人は一旦右申し出を断つたが、右両名から再度申し入れを受け、恰も、預金強調月間であり、預金獲得の思惑もあつて右両名の申し出に応じ、右両名と共謀の上、同年三月上旬控訴人を振出人とする金額各六〇〇万円の小切手二通、同月中旬、同じく金額六〇〇万円、五五〇万円の小切手各一通を偽造した。笠原は、その頃右のうち金額五五〇万円の小切手を北海道札幌市で金融業を営み、かねて家族ぐるみの交際をしている大山政吉に割引を依頼したが、右小切手は振出日昭和四一年四月五日の先日付小切手であつたので、大山が疑念を抱いたため、笠原は急遽補助参加人に対し、父の第一番頭である大山から控訴人組合に照会があつたら真正に成立したものである旨答えてほしいとの電話連絡をし、はたして数分後大山から控訴人組合に右小切手の問い合せの電話があつたのに対して補助参加人から、事情があつて先日付にしたが真正に成立したものであると答えたので、大山は右小切手の割引に応じた。その数日後大山政吉は、笠原から「控訴人には世話になつているし、決算期でもあるので控訴人組合に預金をしてもらいたい。預金の増加に協力すると余計金を借りられることになつているので頼む」との依頼を受け、大山も前記五五〇万円の小切手の確認を得られたことから、笠原が控訴人組合と取引をしているものと思い、控訴人組合を信用して預金することを考えたが、ただ自己が預金者となつていては、北海道に居住している関係上種々不便な点があるので、自己の使用人である被控訴人を預金者とならせるべく、被控訴人を伴つて同年三月二四日頃上京した。以上の事実が認められる。原審および当審における証人笹森久男の供述中右認定に反する部分は採用することができず、その他右認定を動かすだけの証拠はない。そして、《証拠》によれば、次の事実が認められる。すなわち、前記預金契約が締結された昭和四一年三月二六日、大山政吉および被控訴人は、笠原汪幸とともに控訴人組合の店舗に赴き、控訴人組合の業務部長中根敬三および同預金課長の補助参加人が控訴人組合店舗二階の役員室で大山ら三名に面接し、初対面であつたため、その際、相互に名刺交換がなされたが、大山と被控訴人との名刺には当時、大山が経営していた「大商産業」の商号が印刷されており、交された会話も主として北海道における金融状勢に関するものであつて、笠原から補助参加人に対しては、大山や被控訴人は笠原の父の経営する海産物問屋の一番番頭・二番番頭という触れ込みであつたのに、海産物に関する話は出なかつた。そしてその席上、被控訴人は大山を「社長」と呼び、バツグに入れて持参した一、〇〇〇万円の現金を控訴人側に交付し、大山が控訴人側の諒承のもとに、預金口座を被控訴人の名義にしてくれと申し入れただけであつて、特に笠原との関係を申し述べたことはなかつた。本件預金は大山が出捐したのに預金名義人を被控訴人としたのは、さきに触れた通り東京の金融機関である控訴人組合に預け入れる場合には預金名義人でないと払い戻しを受けられないときがあるから、大山名義にすると、同人がその都度上京しなければならないので、比較的身軽に上京できる被控訴人を預金者としておけばその煩を避けることができたからであり、大山としても、被控訴人の債権者から預金債権を差し押えられることがあつてもやむを得ないことを了承して預金させたもので、預金通帳も被控訴人宛に控訴人組合から発行され、同通帳貯金者印鑑らんには被控訴人の印章が押捺された。以上の事実が認められる。そして、右事実関係の下においては、預金する金員を出捐した者は大山であるが、被控訴人は自己の名において預金取引をなす権限を大山から付与されていたものというべく、控訴人組合間も大山の指示に応じて被控訴人あてに預金通帳を発行したのであるから、預金契約は被控訴人と控訴人組合との間に締結されたものであると認めるべきであり、控訴人組合係員が預金する金員の出捐者を笠原の父であると思つていたからとて右認定を左右するものでないことはいうまでもない。

次に、昭和四一年三月二八日右預金から八五〇万円の払い戻しがあつたこと、補助参加人がこの被控訴人名義の預金通帳に、同日八五〇万円、同年同月三〇日七〇〇万円の預け入れのあつた旨の記入をしたことは当事者間に争いがない。控訴人および補助参加人は右記載はいずれも架空のものであり普通預金として成立していないと争い、原審証人笹森久男の供述によつて成立を認める乙第一号証(控訴人組合の普通預金元帳)には前記各入金の記載がなく、《証拠》を考えあわせてみると、むしろ、大山政吉は、昭和四一年三月二八日月末の支払いにあてるため、控訴人組合に対する前記一、〇〇〇万円の預金のうち八五〇万円を引き出すよう被控訴人に指示し、被控訴人は、大山の右指示に従い、同日午前一〇時頃笠原汪幸を伴つて控訴人組合の店舗に赴き、前記預金の内金八五〇万円の払い戻しを受け(控訴人が同日右預金の内金八五〇万円を払い戻したことは当事者間に争いがない)、宿泊先のヒルトン・ホテルの大山の部屋で右八五〇万円と普通預金通帳を大山に渡したが、その直後、大山は、右八五〇万円を札幌に送金する必要がなくなつたため、一時は右金員を拓殖銀行虎の門支店に預金しようとしたが、このことを知つた笠原からの要請により同日再び右八五〇万円を控訴人組合に預金することとしてその旨被控訴人に指示し、他方、笠原も控訴人組合に対し再び八五〇万円が控訴人組合に預金されることになつたので、ヒルトン・ホテルに受け取りに来るようにと電話し、控訴人組合から補助参加人が来ることになつたため、被控訴人は、右八五〇万円と通帳とを前記大山の部屋から約二室離れた被控訴人の部屋に移し、その後補助参加人が笠原とともに被控訴人の部屋に来たので、被控訴人は、大山から指示されたとおり、右八五〇万円を補助参加人に手渡し、補助参加人は直ちに被控訴人名義の右通帳に右預金の記入をして被控訴人に手交したこと、および笠原は補助参加人を同ホテル内の笠原の部屋に導き、そこで、補助参加人に右八五〇万円を流用させてほしい旨申し出、補助参加人は笠原の申し出を容れて右金員を笠原に手交したが、それでは補助参加人としては折角預金を受領するために来たのに、全然現金を持帰らないことになつて、格好がつかないということから、あらためて右金員のうち二〇〇万円につき笠原名義で預金することとし、補助参加人は、その分の預入金として金二〇〇万円を控訴人組合に持帰つたこと、さらに、被控訴人名義の普通預金通帳に三月三〇日預け入れた旨記載された七〇〇万円は、大山政吉が笠原汪幸から一、〇〇〇万円の預金では足りないから、控訴人組合に対しもう一、〇〇〇万円預金してほしいと要請されたので、これに応ずることとし、常盤相互銀行中延支店から七〇〇万円の預金払い戻しを受けて、昭和四一年三月三〇日右七〇〇万円と前記被控訴人名義の通帳とを宿舎のヒルトン・ホテルで被控訴人に手渡し、控訴人組合から金をとりに来る予定になつているから預金しておくようにと指示をしたこと、そこで被控訴人が同ホテルの笠原の部屋で待つていると、笠原から電話連絡を受けた控訴人組合中根業務部長と補助参加人とが同日夕刻同ホテルを訪れ、前記笠原の部屋に被控訴人、補助参加人および笠原が同席して被控訴人から補助参加人に七〇〇万円を渡し、直ちに補助参加人が被控訴人名義の通帳に右金額の預け入れを記入してこれを被控訴人に交付したこと、および、被控訴人が右預け入れのおわつたことを大山に報告するため笠原の部屋を立ち去つたのち、補助参加入が笠原から右七〇〇万円を流用させて貰いたい旨の申し出を受けてこれに応じ同所で、重ねて、前記笠原名義の普通預金通帳に七〇〇万円の預け入れを記入したものであることがそれぞれ認められる。原審および当審における証人笹森久男の供述中右認定に反する部分はこれを採用することができず、前顕乙第一号証に右八五〇万円および七〇〇万円各預け入れの各記載がないことは、前記証拠によれば、補助参加人が被控訴人から預け入れの金員を受領しながら、控訴人組合振出名義の偽造小切手を取り戻し小切手偽造の犯跡を隠蔽するため右金員を笠原に流用させたので、つじつまをあわせるため故意にその記載をしなかつたことが認められるから、前認定の妨げとはならない。

してみると、被控訴人はその主張する通り、昭和四一年三月二六日一、〇〇〇万円、四月二八日八五〇万円、同月三〇日七〇〇万円を控訴人組合に夫々日歩七厘の利息の約で預入したものというべきである。

三  錯誤の抗弁について

控訴人が「仮りに本件預金契約の実質的預金者が大山政吉であるとすれば、実質的預金者の同一性につき錯誤があつたものであつて右は法律行為の要素に錯誤があつた場合にあたるから本件預金契約は無効である」と主張する趣旨は、大山政吉が本件預金契約の真の当事者であることを前提とするものと考えられるが右前提事実の認めるべきでないことは、さきに判示したとおり、右契約の真の当事者が控訴人組合と被控訴人とであつて、預金する金員の出捐をした者が大山政吉であるに過ぎないことから明らかである。また、控訴人の主張する「実質的預金者」がその金員の出捐者の意味だとすれば出捐者は必ずしも預金者でなく、一般に金融機関にとつて、預金する金の出捐者くだいて言えば金の出所がどこであるかは、預金契約において要素ではないと解すべきであるから、この仮定抗弁は、その余の点について判断するまでもなく、採用のかぎりではない。

四  弁済の抗弁について(代理人、表見代理人、準占有者に対する弁済の主張について)

控訴人らは、被控訴人の代理人である笠原汪幸の要求により昭和四一年三月三〇日被控訴人の預金から七〇〇万円を笠原の預金口座に振替えたと主張し、更に右の代理権がなかつたとしても、被控訴人は笠原を自己の代理人とする旨表示したものであり、又本件預金債権の準占有者と認むべきものであると抗争するけれども、右の事実を認むべき証拠はないので、右の抗弁はこれを採用できない。

更に控訴人は、「昭和四一年四月一一日被控訴人の代理人である笠原汪幸から本件預金につき一五〇万円の払い戻し請求があり、同日一四〇万円と一〇万円の二回にわたつて右笠原に支払いずみである。」と主張する。しかし、《証拠》によれば、かえつて、同日控訴人に対し右一四〇万円および一〇万円の払い戻し請求をなしかつ控訴人からその払い戻しを受けた者は塩谷守三であつて笠原ではないことが認められる。したがつて、笠原が被控訴人の代理人または表見代理人としてもしくは本件預金債権の準占有者として前記金員の払い戻しを受けたことを前提とする弁済の抗弁はその余の点について判断するまでもなく、すでにその前提において失当である。しかも、被控訴人が笠原に預金払い戻しの代理権を与えたことを認めるだけの証拠はなく、また、当審証人笹森久男の供述によれば、控訴人組合の預金払い戻し手続を店舗外で行なう場合には、預金名義人の届出印章と同一の印章を押捺された預金払戻請求権と引換えに現金の交付をすべき定めとなつていることが認められるところ、原審証人笹森久男の供述によれば、控訴人が前記一四〇万円と一〇万円との払い戻しをするにつき被控訴人の印章を押捺された書面を徴することなく補助参加人が単に仮払いの伝票を作成してそれによつてなされたことが認められるから、補助参加人したがつて控訴人は右笠原に預金払い戻しの権限があると信ずるにつき過失があつたと考えられるので、控訴人主張の表見代理および債権の準占有者に対する弁済の主張はこの点から見ても失当であるから、控訴人の弁済の抗弁は何れも採用することができない。

五  被控訴人の約定利息金および遅延損害金の請求に関する当裁判所の事実認定およびこれに対する判断は原判決が理由四において説示するところと同一であるからその記載を引用する。

六  よつて、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は正当であるからこれを認容すべく、これと同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条一項に従つてこれを棄却

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